――はあい…………。 狂患者に馴れた若い医員も少し面喰らった形で眼をしばたたいた。――あなたのお名前は。――はあい(ちょっと間があって)お春…………。――あれ、そりゃあ、わたしの名でねいか、お前さん。 妻女はやっきとなってそれを遮っても男は悠々と真直ぐに医員の顔を見遣って、次の質問を得意そうに待って居る。医員は気の毒そうに妻女を見たが、また患者に向って訊き始めた。――吉村さん。あなたのお年はお幾つですか。――年でえすかねえ………年は………はあと………幾つでしたかね………はあと……たしか十九……へえ、十九で………。 妻女は益々躍気となって体を揺った。――なに言うだね、この人は。先生、そりゃ娘の年でございますよ。――まあ、よろしい。 だが、妻女を制しながらも医員もとうとう笑ってしまった。控室の人たちも笑ってしまった。みんな堪えて居た笑いが一時に出た。なかでも一番高声に笑ったのは当の患者だった。加奈子も京子を抱いた胸をふくらまして笑ったが、その笑いが途中で怯えてひしゃげてしまった。