いつの間にか多摩川の見えるところまで来た。二子の橋を渡る。美しい流れだ。川岸は目のさめるような緑の木や草にすがすがしく色どられている。 「いいなあ」 まるで夢の国へ来たようだ。こんな美しい世界が、まだこの日本にのこっているとは気がつかなかった。橋を渡ったところで左に折れ、堤の方を川にそって下って行く。 「ああ咲いている、咲いている! 花だ。れんげ草があんなにたくさん……」 源一はエンジンをとめると、車からとびおりた。そして目の下の堤いっぱいに咲きひろがっている紅いれんげ草の原へかけこんだ。 「うわあ、すごいなあ。すごいなあ」 源一は気が変になったように、れんげの原の上をとびまわったり、ころがったりした。そのうちに彼は、急に気がついたという風に、花の上にちょこんとすわりなおした。 「待てよ。こんなれんげ草を持っていって銀座の店に並べても、ほんとうに売れるかなあ。チューリップや、ヒヤシンスなら、よく売れることは分っているが、そんなものはないし……」 ちょっと迷ったけれど、源一にはこの紅いれんげ草が、この上なくうつくしいものに見えたので、やがて決心をして、それから根から掘った。 そして車のうしろにのせてあったカンバスの中に、ぎっしりつめこんだ。 「さあ、このお花の代金は誰に支払ったらいいんだろうなあ……はははは、れんげ草だから、これはタダでいいんだ」 源一はゆかいになって、花をつんだ車にのって、再び銀座にむかった。
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