おなじく桂川のほとり、虎渓橋の袂。川辺には柳幾本たちて、芒と芦とみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。 (下田五郎は頼家の太刀を持ち、僧は仮面の箱をかかえて出づ。) 五郎 上様は桂どのと、川辺づたいにそぞろ歩き遊ばされ、お供のわれわれは一足先へまいれとの御意であったが、修禅寺の御座所ももはや眼のまえじゃ。この橋の袂にたたずみて、お帰りを暫時相待とうか。 僧 いや、いや、それはよろしゅうござるまい。桂殿という嫋女をお見出しあって、浮れあるきに余念もおわさぬところへ、われわれのごとき邪魔外道が附き纏うては、かえって御機嫌を損ずるでござろうぞ。 五郎 なにさまのう。 (とは言いながら、五郎はなお不安の体にてたたずむ。) 税理士 神戸何もしない人ほど批評家になる - スタ☆ブロ -
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